高良社

頓宮勤番所 高良社鳥居
頓宮南門を出て「馬場前」を少し進むと頓宮勤番所の辺りから直角に山手へと向う参道があり、「高良神社」の額を掲げた石の鳥居が建っています。
この鳥居をくぐりり石段を上がると、左側にタブの巨木、正面に拝殿、右側に側面を向けた社殿が見えます。
そこは石清水八幡宮の摂社であり旧八幡町の氏神社でもある「高良社」の境内です。


『男山考古録』などの史料によると、創建は貞観2年(860)6月15日、また同11年(869)との両説があります。

社名は当初「河原社」と称されていましたが、カワラ→カウラ→コウラと変化して「高良」の字を当てるようになったといわれています。

御祭神は福岡県久留米市に鎮座する高良大社と同じく、神功皇后の海外御出陣の折に住吉三神の神威をお鎮めしたという「高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)」でありますが、一説には武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)と住吉神の二座をお祀りしたものであるともいわれています。

古くは同境内に「六所小神社」と総称される小さな祠や「四大神社」「松原社」などという祠も存在していたらしいのですが、明治以降は現在のように高良社一社のみとなっています。
高良社
右=本殿
左=拝殿


高良社の社殿と拝殿は慶應4年(1868=明治元年)「鳥羽伏見の戦」の兵火によって炎上し、御神体は一時上院の若宮社に遷座されましたが、明治9年9月よりは下院の頓宮殿内に安置され、同10年に当宮の摂社に定められました。

さらに同17年7月には頓宮殿裏手に再築された新社殿に遷座し、同39年11月に旧地(現在地)に同社殿を移築、続いて御神体も同所に遷られ、今日に至っています。

なお、現在の社殿は大正4年4月に再築されたもので、参道の鳥居はかつて木造であったものを明治40年12月に石造に改めたものです。 
高良社 本殿(右側)