松花堂跡

表参道から影清塚の分岐点を右に上がり、石清水社へと向かう途中に江戸時代初期、松花堂昭乗(1584~1639)が営んだ「松花堂」という方丈の建っていた跡地があります。

瀧本坊の住職であった松花堂昭乗は寛永11(1634)年以前に弟子に坊を譲り、泉坊に移って隠棲し寛永14(1637)年には泉坊の一角に方丈の草庵を結び「松花堂」と称したことから松花堂昭乗と呼ばれるようになりました。
松花堂と泉坊の客殿は、明治初年のいわゆる「神仏分離」後もしばらく男山に残っていましたが、明治7(1874)年頃に京都府知事より「山内の坊舎は早々に撤却せよ」との厳命が下ったため、当時の住職が山麓の大谷治麿氏に売却し、幸運にも破却されずに残りました。

その後、幾度かの移築を経て、現在の松花堂庭園は昭和52(1977)年に八幡市の所有となり管理運営されています。

男山山内の「松花堂およびその跡」は昭和32年に国の史跡指定をうけましたが、平成24年1月には、その地を含む当宮境内全域が国の史跡に指定されています。